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福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)362号 判決 1961年12月14日

原告 有限会社多々良商事

被告 鹿子島秀子 外一五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  原告と被告鹿子島秀子との間において、別紙物件目録<省略>記載の(三)、(四)、(二)、(一五)および(一六)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右(三)、(四)、(二)および(一六)の土地について所有権移転登記手続を、右(一五)の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三二年一月一四日受付第六九号を以てなされた同日売買予約による同被告のための所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  原告と被告鹿子島隆との間において、別紙物件目録記載の(三)、(四)、(一二)および(一四)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右(一二)および(一四)の土地について所有権移転登記手続を、右(三)および(四)の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三二年一月一四日受付第七二号を以てなされた同日売買予約による同被告のための所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  原告と被告古賀勝との間において、別紙物件目録記載の(一五)および(一八)の土地について原告が所有権を有することを確認する。同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(四)  原告と被告株式会社西日本相互銀行との間において、別紙物件目録記載の(三)、(四)、(一五)、(一六)および(一八)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三一年七月一六日受付第四〇九三号を以てなされた同日根抵当権設定契約による同被告のための根抵当権設定登記、同出張所同日受付第四〇九四号を以てなされた同日賃貸借契約による同被告のための賃借権設定登記および同出張所同年一一月三〇日受付第六七五七号を以てなされた同月二九日根抵当権設定契約による同被告のための根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

(五)  原告と被告株式会社九州相互銀行との間において、別紙物件目録記載の(一六)および(一八)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三一年一二月二七日受付第七二四七号を以てなされた同月二六日根抵当権設定契約による同被告のための根抵当権設定登記および同出張所同日受付第七二四八号を以てなされた同月二六日停止条件付賃貸借契約による同被告のための停止条件付賃借権設定請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をせよ。

(六)  原告と被告学校法人福岡文化学園との間において、別紙物件目録記載の(一)、(一三)、(一七)および(一九)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(七)  原告と被告日米モータース株式会社との間において、別紙物件目録記載の(一二)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三一年九月一四日受付第五二六三号を以てなされた同日代物弁済契約による同被告のための停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記および同出張所同日受付第五二六二号を以てなされた同日抵当権設定契約による同被告のための抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(八)  原告と被告印東香との間において、別紙物件目録記載の(二)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(九)  原告と被告杉山三郎との間において、別紙物件目録記載の(五)および(六)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(一〇)  原告と被告城道武との間において、別紙物件目録記載の(七)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(一一)  原告と被告川鍋義雄との間において、別紙物件目録記載の(八)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(一二)  原告と被告東野浩との間において、別紙物件目録記載の(九)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(一三)  原告と被告東豊商事株式会社との間において、別紙物件目録記載の(一〇)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、原告に対し右の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(一四)  原告と被告三井物産株式会社との間において、別紙物件目録記載の(一〇)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三一年五月九日受付第二三一七号を以てなされた同日根抵当権設定契約による同被告のための根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

(一五)  原告と被告大野泰輔との間において、別紙物件目録記載の(一一)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三二年一月一四日受付第六八号を以てなされた同日売買予約による同被告のための所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(一六)  原告と被告坂井孟一郎との間において、別紙物件目録記載の(一二)の土地について原告が所有権を有することを確認する。

同被告は、右の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三二年一月一四日受付第七〇号を以てなされた同日売買予約による同被告のための所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(一七)  訴訟費用は被告等の負担とする。

二、被告等

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一、別件目録記載の(一)ないし(一九)の土地(以下単に本件不動産と称す)は、もと補助参加人日東商事株式会社(以下単に日東商事と称す)の所有であつたが、昭和三二年一月一二日、原告(以下必要に応じて原告会社とも称す)が同会社の代表取締役であつた訴外中山国俊からこれを買受けてその所有権を取得したものである。日東商事の役員の変動等は別紙第四表記載のとおりであつて、中山は昭和三一年一二月二四日に開催された同会社の株主総会において取締役に、同月二七日に開催された右により選任された取締役により構成された取締役会において代表取締役にそれぞれ選任され、昭和三二年一月一二日その旨の登記を了している。そして本件不動産の取得は、原告会社の目的の範囲内の行為である。

二、かりに、右売買契約当時中山が日東商事を代表する権限を有しなかつたとするならば、別紙第四表記載のように日東商事の取締役全員に対する職務執行停止ならびに取締役職務代行者選任の仮処分決定は昭和三二年一月一四日に取消されており、中山は昭和三二年一月一七日、右売買契約を追認しており、当時においては中山は、日東商事を代表する権限を有していたものであるから、原告は同日本件不動産を取得した。

三、しかし、本件不動産については、登記簿上別紙第二、第三表(被告三井物産株式会社は、昭和三四年二月一六日商号を第一物産から変更したものである)各記載のような登記がされている。それは、被告鹿子島隆が日東商事の代表取締役たる資格がなく、従つて本件不動産を同会社を代表して処分する権限がないのに、その代表取締役と称して別紙第一表記載のような売買をなしたことに基づくものであり、同被告の売渡行為は無権利者の行為として無効である。

よつて右の売買により第一表記載の被告等は、それぞれ当該不動産の所有権を取得できない。その結果同被告等のなした第二、第三表各記載の処分行為に基づいて同表各記載の権利を取得したとする同表各記載の被告等も何等かかる権利を取得することはできない。

四、しかるに被告等は、登記簿記載のような各権利を取得したとして原告の本件不動産についての所有権を争うので、原告は、被告等全員に対して各係争該当不動産についての所有権の確認を、本件不動産について現在登記簿上の所有名義人となつている第二表記載の被告等に対して所有権に基づいて当該不動産についての所有権移転登記手続を、その他の権利者として登記されている第三表記載の被告等に対して当該登記の抹消登記手続をそれぞれ求める。

第三被告等の請求原因に対する答弁ならびに抗弁

一、請求原因事実中、本件不動産が日東商事の所有であつたこと、同会社の役員の変動が別紙第四表記載のとおりであつて、中山国俊が原告主張のような方法で同会社の代表取締役に選任されてその旨の登記がなされたこと、本件不動産について原告主張のような各登記がなされていること、(被告三井物産株式会社の商号変更の点も含む)、鹿子島隆が日東商事の代表者として原告主張のように本件不動産を売渡したことおよび被告等が本件不動産の所有権が原告にあることを争うことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件不動産についての原告と、日東商事間の売買契約は、左記により無効である。

(一)  中山国俊には日東商事を代表する権限がないので、同人と原告間に締結された本件不動産の売買契約は無効である。

(イ) 中山国俊が日東商事の代表取締役に選任された昭和三一年一二月二七日当時別紙第四表記載のように福岡地方裁判所の仮処分決定により、同会社の取締役全員はその職務の執行を停止され、取締役職務代行者として訴外植田夏樹、堤千秋、末富達雄、灘岡秀親の四名が、また同裁判所の決定により代表取締役職務代行者として右植田がそれぞれ選任されていた。右のように裁判所の仮処分決定により取締役の職務代行者が選任されている場合、株主総会において取締役を選任しても右仮分決定の取消がない以上、取締役の職務は専ら職務代行者によつて執行されなければならず、後任取締役にはその権限はない。しかるに中山は、後任取締役のみで構成された取締役会において代表取締役に選任されたものであるから、無権限者による選任で無効である従つて同人は、日東商事の代表取締役としての資格を取得していない。

(ロ) 別紙第四表記載のように昭和三〇年六月一四日、福岡地方裁判所の仮処分決定により、当時日東商事の取締役であつた中山国俊と訴外林春雄等は、その職務の執行を停止されていたのであるが、右両名は昭和三一年一二月二二日取締役を辞任し、直ちに原告主張のように再度同会社の取締役に選任されたものである。かかる場合右の辞任および選任自体は有効であるとしても、右の仮処分決定の取消されないかぎり、右両名が後任取締役としてその職務を執行することは、該仮処分決定の趣旨、目的に違背するので無効である。従つて右両名が後任取締役としてなした中山を日東商事の代表取締役に選任した行為は無効である。

(ハ) かりに、右が理由がないとしても、前示のように日東商事には代表取締役職務代行者が裁判所の決定により選任されていたものであるから、中山国俊は代表取締役としてその職務を執行することはできない。

(二)  本件不動産を原告に売渡す旨の決議をなした日東商事の取締役会には、前示(一)(イ)(ロ)において述べたと同一の理由により、かかる決議をなす権限はない。従つて該決議は無効であり、それに基づいてなされた原告と中山国俊との間の本件不動産の売買契約は無効である。

(三)  原告と日東商事間の本件不動産の売買契約は、虚偽表示による法律行為で無効である。すなわち、日東商事の株主ではないのに株主と称する訴外安倍重明等は、昭和二九年七月同会社の代表取締役であつた鹿子島隆の職務執行停止とその代行者選任の仮処分申請および同会社を被告とする右安倍、訴外小田切政徳を同会社の代表取締役ならびに取締役から解任した臨時株主総会不存在の訴等を福岡地方裁判所に提起した。この訴訟係属中、安倍等は、訴外中島重信等と通じて同会社の財産を取得しようと企て、同人等において、右の訴訟等を取下げるとともに、安倍等が当時までに要した訴訟費用三〇〇万円は同会社の負担とし、そのために同会社の所有する本件不動産を原告に三〇〇万円で売渡し、さらに右中島等を原告会社の重役とすることとした。しかし原告会社は、会社としての実体を具備せず、単なる登記簿上の存在にすぎないもので、結局は安倍等の個人的な集合にすぎない。このような実体の原告に本件不動産を売渡すということは、現実に売買代金の支払がなされず、単に一片の手形を原告が日東商事に宛てて振出し、同会社はこれを安倍等に訴訟費用の負担分として交付したにすぎない。以上によれば、原告と日東商事間の本件不動産の売買契約が通謀してなされた虚偽仮装のものであることが明らかである。

三、かりに、原告がその主張のように日東商事との間に売買契約を締結し、本件不動産を取得したとしても、別紙第一表記載の被告等は、同会社の代表取締役たる資格を有する鹿子島隆との間に、同表記載のような売買契約を締結して当該不動産の所有権を取得し、それに基づいて別紙第二、第三表各記載のような処分行為をなし、同表各記載の被告等は同表各記載の権利を取得し、いずれもその旨の登記をなしているものであるから、原告は本件不動産の所有権取得を以て被告等に対抗することはできない。

(一)  鹿子島隆は、別紙第四表記載のように昭和三〇年一月三〇日、日東商事の代表取締役を辞任したが、そのことにより同会社には代表取締役が存在しないこととなり、法定の代表取締役を欠くこととなつた。そこで同人は、商法第二五八条、第二六一条第三項に基づき、昭和三一年一二月二七日後任の代表取締役中山国俊等が選任されるまで代表取締役としての権限を有していたものである。そして昭和三一年二月八日、福岡法務局に辞任登記の抹消登記ならびに代表取締役の回復登記の申請をなし、当該官吏もこれを適法と認めてその旨の登記をなした。

(二)  かりに、商法第二五八条、第二六一条第三項の適用がないとしても、右の鹿子島隆の辞任の事実を知らず、同人が法務局作成の日東商事の代表取締役の資格証明書を提出して資格の存在を証明したので、同人に代表権があるものと信じて本件不動産の売買契約を締結したもので、被告等がこれを信じるについては何等過失はないので、同会社は民法第一一二条により同人の代表権消滅を以て被告等に対抗しえないものである。

(三)  かりに、右が理由がないとしても、鹿子島隆は、日東商事の代表取締役なる名称を使用して被告等と本件不動産の売買契約を締結したものであり、さらに被告等としてはその旨の登記もなされていたところから、同人が同会社の代表取締役であると信じて右の契約をなしたものである。従つて商法第二六二条により日東商事は、表見代表取締役である鹿子島隆の本件不動産の処分行為についてその責に任ずべきである。

四、かりに、以上いずれも理由がないとしても、日東商事は、昭和三二年六月七日、被告等に対して無権代理人鹿子隆のなした本件不動産の売買契約を追認している。

第四、原告の被告等の抗弁に対する答弁ならびに再抗弁

一、中山国俊ならびに取締役会の無権限の主張について、

およそ取締役職務代行者は、特定の代表取締役または取締役の資格の得喪に争がある場合に、その取締役の職務の執行が停止された結果、法律または定款所定の員数を欠き、会社の業務執行に支障を来たすのを防止するために選任される暫定機関にすぎない。従つて日東商事において、昭和三一年一二月二四日正当な株主総会の決議を以て後任の取締役として中山等を選任し、法律または定款所定の員数の取締役が選任された以上、もはや同会社の業務執行に支障を来たすおそれはなく、会社活動の正常性が回復されたわけであるから、取締役職務代行者の存置はその必要性を欠き、仮処分決定自体その利益を失つて取締役職務代行者の権限は当然に消滅する。また代表取締役職務代行者の植田夏樹は、商法第二五八条第二項に基づいて選任されたものであるから、昭和三一年一二月二七日の取締役会において、中山等が代表取締役に選任され、代表取締役の法定数に欠員がなくなるとともに、代表取締役職務代行者の職務権限は当然に消滅した。

二、通謀虚偽表示の主張について。

被告等主張の事実は、いずれも否認する。

三、鹿子島隆が日東商事の代表取締役たる権限を有するとの主張について。

鹿子島隆は、日東商事の代表取締役だけでなく、取締役をも辞任し、また他の取締役全員を辞任した結果、株主総会において同数の取締役が新たに選任されているから、同人は取締役としての権限を完全に失つたものである。従つて商法第二五八条、第二六一条第三項の適用はなく、同人が同会社の代表取締役の権限を有していたものではない。

四、民法第一一二条の表見代理の主張について。

(一)  被告等は、鹿子島隆の代表取締役辞任の事実を知つていたものであるから、民法第一一二条の適用はない。

(二)  かりに、右辞任の事実を知らなかつたとしても、知らないことについて被告等には過失がある。

(イ) 鹿子島隆と被告等との間で本件不動産の売買契約が締結された際には、同人は別紙第四表記載のように日東商事の監査役として登記されていた。同一人が監査役と取締役を兼任できないことは商法第二七六条の規定するところであり、同人の代表取締役としての権限に疑問を持つのが当然である。

(ロ) 日東商事の主要な財産である本件不動産を処分するについては、取締役会の決議が必要であるが、当時取締役全員が職務執行停止の仮処分決定を受けてその職務代行者が選任登記されていたものであり、本件不動産が鹿子島隆から被告等に売渡されたのが同年二月九日、一〇日であつて、同人の同会社代表取締役の回復登記のなされた翌日と翌々日である。このような短時日の間に、取締役会を開いてその決議がなされる余裕があるかどうか疑問を持つのが当然である。

(ハ) 取締役全員が職務執行停止の仮処分決定を受け、現に訴訟係属中の会社の職務代行者がその会社の必要経費を調達するに必要な範囲を超えて、会社財産の処分をなしえないものであるから、該財産の処分を受ける被告等としては、取締役職務代行者に対し鹿子島隆の処分権限の有無について照会するのが、社会通念上当然であるにもかかわらず、これをなしていない。

(ニ) 本件のように、土地が極めて短期間内に転々と譲渡され、通常の取引においてはみられないような移転経過をたどる場合には、通常人として疑念を持つべきものである。

(ホ) かりに、以上(一)、(二)が理由がないとしても、別紙第四表記載のように鹿子島隆が日東商事の代表取締役を昭和三〇年一月三〇日辞任したことは、同年二月二日、福岡法務局において登記ずみであるから、商法第一二条により被告等の主張は理由がない。

五、商法第二六二条の主張について。

被告等の主張を争う。

六、追認の主張について。

(一)  追認の事実を否認する。

(二)  かりに、追認の事実が認められるとしても、原告はその以前の昭和三二年一月一二日もしくは一七日に日東商事から本件不動産を買受け或は追認を受けており、かつ予告登記もなしているので、原告は民法第一一六条但書の第三者に該当し、右追認によつて原告の所有権を害することはできない。

第五、被告等の原告の再抗弁に対する答弁ならびに再々抗弁

一、鹿子島隆の辞任登記の存在の主張について。

(一)  鹿子島隆の辞任登記は、後任代表取締役の選任されるまでは許されないものであり、当時後任代表取締役は選任されていなかつたのであるから、該辞任登記は非訟事件手続法第一八八条に違背するものとして無効である。

(二)  かりに、右辞任登記が有効であるとしても、別紙第四表記載のように該登記は、昭和三一年二月八日抹消登記されているので、右抹消登記が同年九月一五日、さらに抹消登記されるまでの間は、鹿子島隆の辞任についてはその旨の登記がないことになる。被告等が同人から本件不動産の処分を受けたのはその間のことである。従つて日東商事は、商法第一二条により同人の代表取締役辞任を以て善意の第三者である被告等には対抗しえないので、同人が同会社の代表取締役として被告等との間に締結した本件不動産の売買契約は有効である。

(三)  かりに、右辞任登記の抹消登記が真実に反し、福岡法務局の過失によるものであるとしても、これは日東商事が右の登記申請手続をなしたもので、かつこれを放置していたことはその過失によるものであるから、商法第一四条により同会社は善意の第三者である被告等に対抗することができない。

(四)  かりに、右辞任登記抹消登記の抹消登記の結果、辞任登記が昭和三〇年二月二日に遡つて有効に存在することになるとしても、被告等は右辞任登記が何等の疑問を容れる余地のない方法で抹消登記されていたので、それを信じた結果鹿子島隆の辞任の事実を知らなかつたものである。従つて被告等は、商法第一二条後段の正当の事由により知らなかつたものであるから、日東商事は同人の辞任についての登記があるとしても、それを以て被告等に対抗することはできない。

二、鹿子島の辞任の事実を知つていたことおよび知らないことについて過失があるとの主張は否認する。

三、被告東豊商事株式会社、第一物産株式会社、日米モータース株式会社、鹿子島隆、学校法人福岡文化学園、株式会社西日本相互銀行の答弁

民法第一一六条但書の第三者に原告が当るとの主張は否認する。

第六原告の被告等の再々抗弁に対する答弁

一、辞任登記が非訟事件手続法第一八八条に違背するとの主張は争う

二、辞任登記が抹消登記されても一旦辞任登記のなされた以上、その後に至つて日東商事の関与しない第三者の行為によつてその抹消登記がなされても、右辞任登記がないことにはならず、登記の対抗力に影響がない。

三、商法第一四条の主張は否認する。

四、商法第一二条後段の正当の事由とは、登記を知ろうとしても知りえない客観的障害をいうのであるから、被告等主張の事情を以て正当の事由ということはできない。

第七証拠関係<省略>

理由

一、本件不動産がもと日東商事の所有であつたことは、当事者間に争がない。

二、証人中山国俊(第一、二回)、同林春雄の各証言およびこれにより真正に作成されたものと認める甲第一号証によると、日東商事の代表取締役という中山国俊と原告との間に、昭和三二年一月五日か一二日かは別としてその頃、本件不動産の売買契約が締結されたことが認められ、他に該認定を左右するに足りる確証はない。

三、右の売買契約締結当時、中山国俊が日東商事を代表する権限を有していたかどうかについて按ずるに、

日東商事の役員の変動等が別紙第四表記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、右売買契約当時の中山の日東商事における地位は、取締役の職務の執行を停止されてその職務代行者が選任され、また商法第二六一条、第二五八条による代表取締役が選任されている途上において、右取締役が辞任し新たに選任された取締役のみによつて選任された代表取締役であつたことが明かである。すると問題はかような代表取締役の選任は有効であるかにかかつてくるわけである。もともとかかる場合においても株主総会において取締役を選任すること自体は、右取締役に対する職務執行停止および取締役職務代行者選任の仮処分決定の趣旨、目的に違背するものではないので有效といわなければならないが、そのことによつて右仮処分決定が当然に失効するものということはできない。かような場合は、事情に変更が生じたものとして該仮処分決定の取消を申請しうるにすぎないものである。従つて右により該仮処分決定の取消がなされない以上は、該仮処分決定は依然として有効に存続し、取締役職務代行者において専らその職務を執行すべきもので、後任の取締役にその権限はなく取締役としての職務の執行は一切なしえないものと解するを相当とし、この点に関する原告の所論は当裁判所の賛成しえないところである。従つて後任の取締役によつて構成された取締役会において、中山を代表取締役に選任した行為はその効力を生ぜず無効であるといわなければならない。

よつて中山は、前示原告と本件不動産の売買契約を締結する当時においては、日東商事を代表する権限を有しなかつたものといわざるを得ない。

四、ところで、原告は、右取締役に対する職務執行停止および取締役職務代行者選任の仮処分は昭和三二年一月一四日取下られたので、このときから中山は代表取締役の地位を保有するに至つたものであるところ、中山は同月一七日右売買契約を追認したと主張し、右仮処分がその日取下られたことは当事者間に争がないので、要は前説示の無効な選任が仮処分の取下によりその効力を生ずるに至るかの問題であるが、かように解しうる法律上の根拠はない。従つてたとえ原告主張の追認がなされたとしても、それは無権限者の追認に外ならないから、その効力を生ずるに由ない。

五、そうすれば、右売買契約は無効であるからその有効であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男 吉永忠 渡辺昭)

第一、第二、第三、第四表<省略>

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